交流戦ついに最下位に沈んでしまった。
まぁ13連敗もしたのにその下にチームがいたというのがおかしなくらいだったのだがw、これで地の果てに落ちたと考えてもイイだろう。
ネット上では巨人に対する猛烈なdisりが止まらない。
やれ30億円も賭けたのにだとか、やれFAばかりに頼りすぎだとか、やれ外国人補強を考えろだとか、やれドラフト戦略を考えろだとか。。。
いろんな意見はあるだろうが、これでわかったはず、目が覚めたはずだ。巨人に潜む病巣は決して浅くは無いということだ。
育成方針
弱体化の原因は?
2010年以降の巨人のドラフト1位を振り返ってみよう。
2010年 沢村拓一
2011年 松本竜也
2012年 菅野智之
2013年 小林誠司
2014年 岡本和真
2015年 桜井俊貴
2016年 吉川尚輝
野手の指名は小林、岡本、吉川だが今のところ戦力になっているのは小林だけ。
中軸を支える選手はもう5年以上育っていない。
だからこそ巨人は中軸を他球団から強奪するか、海外から輸入するしかチームを支える方法がない。これが紛れもない現実だ。
なんで中軸が育たないのか?やはり競合を避けた無難なドラフト戦略、それが今になってツケが回ってきているのではないか?と考えざるを得ない。
昨年こそ大学ナンバー1の田中に競合覚悟で入札したが、逆指名が無くなった今は12球団横一線同じ条件でのドラフトなんだから逃げてばかりいたら今の惨状になるのはかなり前から見えていたはずだ。
もう10年以上逃げ続けてきた。そんなチームが芯から強くなるには、相当な時間を要するだろう。
しかし、ある年のドラフトで巨人というチームを一気に変えてしまった男がいた。そう松井秀喜だ。
松井秀喜が巨人を変えた
松井秀喜がドラフトで巨人に指名されたのは1992年。その当時も巨人は主軸の世代交代が必要な時期だった。
長く巨人を支えた原辰徳、中畑清、吉村、駒田、岡崎といった中堅どころがピークを過ぎ始め、そろそろ若い主軸が欲しかった。
史上最多の8球団が競合した野茂英雄のクジ引きを避けて獲得した大森剛、浪人してまでも巨人愛を貫いた元木大介あたりが主軸になって欲しいところだったが、やはり逃げのドラフトで獲得した選手達は何というかパンチ不足のパワー不足。
もっと強烈なインパクトをチームに与える選手が欲しい。
そんな矢先、巨人の監督に復帰することになった当時の長嶋茂雄氏は、球団の反対を振り切り松井秀喜を競合覚悟でドラフト指名した。ミスターの思いは松井に繋がり、見事クジを引き当てた。
そこから約10年。松井秀喜は日本人でありながら外国人助っ人に一切見劣りしないパワーと技術力を見せつけ、巨人の大黒柱としてチームを支えてくれた。
ダイヤモンドの原石がピッカピカに輝いた姿と、無難に逃げたルビーやサファイアとの輝きの差はコレほどまでに違うのか?ということを見せつけてくれたのが松井秀喜だった。
今年のドラフトにも強烈なダイヤモンドの原石がいる。早稲田実業学校の清宮幸太郎。
まだプロ志望届を出していない、大学進学を表明するかもしれない。彼がどんな決断をするかは今のところ全くわからない。
だがもし清宮幸太郎がプロ志望届を出した時、恐らく野茂英雄と並ぶ、いやそれ以上の球団が競合する清宮祭りになることはほぼ間違いない。
この祭りから逃げてはイケない。ダイヤモンドの原石を奪い合うのがドラフト会議。もし今年巨人が清宮から逃げたとしたら、暗黒時代は相当長く続くことを巨人ファンは覚悟しなければイケないだろう。