ヤクルトを戦力外になった新垣渚がトライアウトを受験している。
松坂大輔とともに甲子園を沸かせた快速右腕は、もう一度現役生活を続けるためにもがいている。
奇しくも同い年の松坂大輔も二軍で苦しんでいるが、新垣渚には明日野球できる保障はどこにもない。
来年新垣はプロとしてマウンドに立つことは出来るのだろうか?
新垣渚
スカウトの悲劇
松坂よりも速球のスピードだけなら新垣渚の方が上とも言われ、ドラフトの目玉になった。
新垣は九州のホークス以外なら進学を明言していたが、ドラフトではオリックスが強行指名に出る。
そしてクジを引いたのはそのオリックス。
当時のスカウト三輪田氏は新垣の入団交渉で度々自宅を訪れるが、進学を決意した新垣は門前払い。
そして悲劇が起こる。
新垣を入団させられなかった責任を感じた三輪田氏は、自らの命を絶ってしまう。
この事件が新垣の人生を狂わしてしまったのかもしれない。
まだ18歳の少年が、自分の意思を貫いただけなのに、スカウトが自殺という最悪の結果。
世間の目は新垣に批判の声もあっただろう。だがしかしいくら責任を感じたとは言え、自殺という選択肢だけは取ってはいけなかっただろう。
新垣は大きな十字架を背負いその後の野球選手としての生活を送らざるを得なかった。
暴投王
しかし新垣はそんな事件を自らの力で振り払った。
九州共立大学に進み、4年後念願だった福岡ダイエーホークスへ自由獲得枠で入団を果たす。
新人ながらローテーションに定着し、2年目からは二桁勝利を上げ、しっかりとチームの柱に成長した。
だがそんな新垣渚が、突如おかしくなってしまう。
入団5年目、これまでは制球されていたスライダーが制御できなくなり、キャッチャーも捕れないような暴投を繰り返し、王監督から暴投王という不名誉なニックネームをつけられてしまうほど。
その年はなんと25個の暴投を記録してしまい、1年間の暴投数では歴代最多。
通算の暴投数も101と破格の数字を記録。
歴代暴投数のランキングは、1位は村田兆治、2位は石井一久に次いで新垣は3位。
200勝投手のマサカリ兆治とメジャーリーガーの石井一久に肩を並べるほど、暴投数だけなら歴代の好投手と肩を並べる存在になってしまった。
なぜいきなり新垣は制球力が無くなってしまったのか?本人はイップスのような症状と語っていたが、結局その後もイップスは解消されることはなかったようだ。
トライアウトからの復帰は?
ホークスからヤクルトに移籍後も4勝しか上げることが出来なかった。
セ・リーグ移籍後の投球を何度か見たが、150キロを越えるような速球は影を潜め、切れ味鋭かったスライダーも全盛期の姿とはかけ離れていた。
ここ数年の姿を見たら、いくらトライアウトで好投しても契約する球団は無いのではないだろうか?
しかしまだ新垣は燃え尽きていないのかもしれない。NPB以外でも現役の道を探すのだろうか?
36歳のかつてのエースはどんな決断を下すのか?正念場に立たされている。